2018年05月13日
小説の続き書きました。新版・遠いデザイン6-1
美紀とアイデア出しすることになっているマンションプレゼンのことを頭のすみっこに置きながら、七瀬はJAへと車を走らせていた。
販促用の印刷物の初校が上がったのだ。午後一時頃に伺うと亮子には伝えてあるが、立ち寄った中華料理屋が混雑していて、かきこむように昼食をとったおかげで、ずいぶん早い到着となった。
七瀬は午後の始業時間まで時間をつぶそうと、駐車場の裏手に広がる河川敷へと足を向けた。吹きつける風にはためくジャケットの裾を抑えながら土手の坂道を上りきると、視界が一気に広がって、さっき車で渡ってきた鉄橋が錆びた鋼材を光る水上に組みながら対岸へと伸びている。
真下の河川敷は親水広場となっていて、下流には草野球のグランドが箱庭みたいに小さく見える。そこには木製のベンチが点在していたが、座る人影はなく、鉄橋を渡る車の走行音が時折、淀んだ音の固まりとなって七瀬の耳に届く。
しばらくして七瀬は土手の中ほどに座る女の存在に気づいた。草に覆われたのり面は膝に腕を回している女の半身を隠していたが、その見慣れた制服は遠くからでもJAのものとわかった。
その女が亮子だとわかった時、七瀬は思わず足を止めた。彼女はじっと動かず前方を見続けている。ただ髪だけが生きもののように絶えず後ろになびいている。
こんな場所で、いったい何をしているのだろう……
七瀬は声をかけるのをためらった。彼女に気づかれるのが急に怖くなり、音を立てずに後ずさりして、早足に土手を下りた。駐車場に戻ると、昼休みに外出していた職員たちの車が次々と空きスペースを埋めていき、始業時間が近いことを知らせていた。
なぜ、オレは、あの場所から逃げるように立ち去ってしまったんだろう?
色校を手に本館へ向かいながら、七瀬は残る動揺を静めようとする。
仕事以外の場所で彼女を迎える言葉というものを、まだ、持てずにいるからなのだろうか? それともあの場所で彼女が見ていたもの、それがオレを動揺させたのか・・・?
受付嬢から七瀬は店内にある打ち合わせブースに案内された。壁際の一画を背の低いパネルで囲み、数組の椅子とテーブルが置かれたそこは、いつも二人の打ち合わせ場所だった。無人のブース内を見回した七瀬は奥の四人席を選んで亮子を待つ。
遠いデザインとは、遺伝子の設計図のこと。
17年前の2001年が舞台の古いお話です。
Posted by Fuji-Con at 16:25