2017年06月04日

小説の続き書きました。新版・遠いデザイン5-4

2001年 冬

 交差点を左折し国道側から車を敷地内に乗り入れて、三人は建物が取り除かれ呼吸をし始めた土の上に立った。さらに傾いた西日が照りつける敷地内には、すでに作業員の姿はなく、掘削機が地中深く掘り下げた大きな穴の周りにはたくさんの盛り土の山があった。奥まった一画は均等のマス目を結ぶようにロープが張られていて、数台のショベルカーのキャタピラに付いた土は西陽のために白く乾きかけていた。
 デジカメを手にした美紀と三谷が周囲のロケーションを確認し始めた。賑やかな名店街通りからのアングル、緑の街路樹の根本から仰ぎ見るアングル、近くのビルの屋上からのアングル・・・。しだいに熱気づく三谷の声に急かされて、美紀はデジカメのメモリーカードの空きを減らしていく。
 プレゼンには当然のようにデジタル加工された写真が使われる。周囲のロケーションだけを残して、この工事現場はそっくり消去される。替わりに地上二十階建てマンションのCGイラストが組み込まれ、架空の街並みが出現する。建物パースを専門に描くイラストレーターもいた。
 七瀬は一人敷地内に留まっていた。いつもならアスファルトで塞がれている街の中心部に、夥しい土の匂いが充満していることが新鮮だった。それはぶ厚い皮膚を剥ぎとられた都市の傷のようだ。
 七瀬は悪い足場によろめきつつも、以前この場所に建っていた名画座という古い映画館の位置を確かめようとした。高校に入って間もない頃、洋画に熱を上げ、クラスの友人と名画座に通いつめたことがあった。正面の壁に大きなモザイク画がある玄関ホールが頭の中によみがえってきた。そしてカビ臭い場内や、背もたれが開閉式の椅子の湿り気のある感触などが記憶の底から上がってきた。
 当時の七瀬には、それぞれに違う人生を背負った映画の登場人物の心情を、その表情や行動から読みとれるほどの知識も経験もなかったが、それでも若さというものが、また別の何かを感じとっていたはずだ。それが何であったのかもう想像もつかないが…。


遠いデザインとは、遺伝子の設計図のこと。
16年前の2001年が舞台の古いお話です。



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