2015年02月15日
小説の続き書きました。遠いデザイン15-1
遠いデザイン15-1
2001年 春
帰りの車中、七瀬は、今さっき資料室で起こった出来事を冷静に考えようとしたが、込み上げてくる嬉しさに思わず頬がゆるんでくる。亮子の紅潮した顔、それは七瀬にとって、自分への好意を裏付ける以外の何ものでもなかった。
これでわかった。あの土曜日の電話も、オレを睨みつけた男たちの視線も、三谷の話の真偽も。すべてあの紅潮した顔が教えてくれたじゃないか。
この年であんな若い美人に惚れられるなんて、なんてラッキーなんだろう。ただ、それは自分がモテるというのではなく、奇跡的に亮子という女性に巡り合えただけのことなんだと、七瀬思った。自分の魅力をわかってくれる稀少な女性。それは大げさにいえば、地中深く眠っていて、いたダイヤモンドを掘り当てたようなものだとも。
元々、どこかに燃え残っていた火種があったのだろう。その日を境にして、七瀬は亮子という女性を再構築しはじめた。客観的な情報を何一つもっていなかったので、主観情報だけで中身をいくらでもアレンジできた。
広告業界という濁流に流され続けてきた七瀬にとって、亮子は穏やかな浅瀬となった。彼はもう流されたくなかった。亮子という岸辺にとどまっていたかった。
生涯にただ一人の例外的な女性、それが創作のテーマとなった。情熱を注ぎ込んだだけのことはあって亮子の外観にふさわしい中身ができあがった。新しい亮子のイメージは七瀬の心のすきまを温かく満たしていった。
「ねえ、七瀬さん、どこか具合でも悪いの?」
最近の七瀬に、そう声をかけたくなるのは何も美紀ばかりではない。
仕事を依頼しても気乗りしない声が返ってきたり、打ち合わせに顔を見せても筆記用具やら資料やらを忘れてきたり、コピーの筆が走らないのか、納期さえ守れなかったり、端から見ても彼の失速ぶりは甚だしかった。
これじゃあますます仕事が先細っていくだろうな、と心配顔の美紀の横で、七瀬は亮子のことを打ち明けてしまいたい衝動にかられる。
『えっ、七瀬さん、悪いの、浮気しようとしている』
『藤村さん、ちがうんだ。浮気じゃないから、こんなに苦しいんじゃないか』
重い足どりで帰宅した七瀬は、玄関ドアの鍵穴に差し込んだキーを力なく回す。十数年前、郊外に土地を買って建てた三十年のローンの家だ。補助灯の明かりだけがポツンと残るリビングには空調の名残りが微かに残っているが、妻子が眠っている二階の寝室からは物音一つ聞こえてこない。
遠いデザインとは、遺伝子の設計図のこと。
13年前の2001年が舞台。
中年男が若い女性に憧れる、よくあるテーマの小説。
この歳になると。そんなことしか書けませんので…。
地域の産業支援を本格的にやりだしてから、
コピーを前みたいに書けなくなったので、
その手慰みのつもりで書いています。
Posted by Fuji-Con at 12:08