2014年04月06日

小説の続き書きました。 遠いデザイン10-2

遠いデザイン 10-2

 駐車場に車を乗り入れ、七瀬は本館の正面玄関へと向かった。途中で顔見知りの職員が歩いてくるのに気づいた。農業高校出の若い男で、七瀬とは以前、ブランド産品の認定基準のことで何度か意見を交わしたことがあった。
 有機肥料による土壌の改良、日照時間と糖度の測定、品種の交配など、地道で根気のいる試験栽培のために、暖められた土と葉の匂いに満ちたパイロットファームに寝起きし、日々生長する作物の実体とともに生きてきた彼は、七瀬がその時口にしたセグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングといったマーケティング用語を、まるでスライスチーズを乗せた焼き餅を初めて頬張ったような顔をして聞いていた。それ以来、自分とは目の色や肌の色が違う知り合いができたとでもいうように、七瀬を見かけるたびに、うれしそうな顔つきで話しかけてくるようになっていた。
「こんにちは、これからお出かけですか?」
 自分に気づいているはずなのに、そのまま行き過ぎようとする職員に、七瀬は少し戸惑ってそう声をかけた。しかし、彼は七瀬を一瞥したきりで、足を止めるどころか挨拶さえ返さなかった。くたびれた濃紺のスーツの背中を見送りながら、七瀬は複雑な気持ちになった。
 でも、亮子を前にすると、七瀬の頭からすぐにこの職員のことは消え去っていった。戻された初校にはチラシにだけいくつかの文字訂正が見られたが、彼の感覚からすれば、そんな程度では直しの部類に入らなかった。何よりもうれしいのは、直しの少なさを亮子が自分のことのように喜んでくれていたことだった。
「あとは、七瀬さんにお任せします」
 その言葉を素直に受け取って、後は七瀬側のチェックだけで印刷にかけることもできたが、彼女の手際良い段取りのおかげでスケジュールにはまだいくらか余裕があった。
「いえ、念のために、このチラシだけ、もう一度色校をお出しますよ。これが最後の仕事となりますし」
 最後、という言葉をどうとったのか、亮子の顔から一瞬、微笑みが消えた。伏し目がちになった亮子の指先に七瀬の目が止まった。透明なマニキュアに光る指先がボールペンの軸をかすかに揺らしている。それは意識しているとも、していないともつかない柔さで七瀬をそこに引きつけた。



遠いデザインとは、遺伝子の設計図のこと。

13年前の2001年が舞台。
中年男が若い女性に憧れる、よくあるテーマの小説。
この歳になると。そんなことしか書けませんので…。
地域の産業支援を本格的にやりだしてから、
コピーを前みたいに書けなくなったので、
その手慰みのつもりで書いています。


Posted by Fuji-Con at 16:52

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