2014年01月18日

遠いデザイン 9-9


遠いデザイン 9-9

 額に手をかざして、やけにシンと静まり返った室内を見回し終えた室長が、尻をはたきながら七瀬の方にやってくる。若い営業マンが唸るような声を発しながら、それに付き従う。彼らの通り道になるテーブルの着席者たちは、揃って身を縮め気味にして二人をやり過ごす。
 七瀬は、どんな顔で室長を迎えていいか分からなかったが、「ディーラーちゃん! わがままちゃん!」と先に軽口をたたいてくれた室長に少し安堵する。いつもの笑みをこらえたような目が正面に座ったが、七瀬には、今日はその目がどこか寂しげにも見えた。
 室長がテーブルの上に広げたスプリングチラシのカンプは、乱雑な赤字で埋まっていて、ほとんど再生不能に思えた。余白がなくなってしまったためか、チラシが入れてあった茶封筒にまで赤字が走り書きされている。もしこの赤がインクではなく、人間の血液だったら、蘇生させることをとうにあきらめているだろう。書かれてある赤字を意味の通るものにするために、もう一枚、清書用の新しいカンプが欲しいくらいだ。
「いや〜あ、じつはフェアの企画からして、ひっくり返っちゃってね」
そう切り出して室長は説明をはじめたが、毎度のことながら、思いつきで話しているので前後の脈絡がなく、七瀬は一息落つくたびに再度、話の中身を確認しなければならなかった。彼流の気づかいのつもりなのか、修正が困難を極める箇所ほど、あっさりと飛ばしてしまって過去は振り返らない様子だ。
 そのあいだ、例の営業マンはどうしているかというと、彼は眼前で行われているこのやりとりにはすでに興味が失せたようで、時折、受付の方から響く柔らかな声や、通路にちらつくスカート姿といった女の要素にだけ、敏感に五感のセンサーを働かせ続けていた。



遠いデザインとは、遺伝子の設計図のこと。

10年ほど前の2001年が舞台。
中年男が若い女性に憧れる、よくあるテーマの小説。
この歳になると。そんなことしか書けませんので…。
地域の産業支援を本格的にやりだしてから、
コピーを前みたいに書けなくなったので、
その手慰みのつもりで書いています。


Posted by Fuji-Con at 16:07

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